目次へ>第2部 障害者のIT活用における福祉用具の実態と支援の課題
第2部 障害者のIT活用における福祉用具の実態と支援の課題 1 はじめに 21世紀の幕開けの年である2001年に施行されたIT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)は、第3条で「すべての国民が情報通信技術の恵沢を享受できる社会の実現」をのべ、第8条で「利用の機会等の格差の是正」を強調しました。これにより障害のある人々を含めたすべての人のためのIT社会実現にむけての大きな一歩が踏み出されました。 IT(情報技術)は、障害のある人にとって無が有になる希望の道具です。ITの活用によって、どのような障害があっても人生は素晴らしいと実感できるような、社会参加とノーマライゼーションが実現される可能性が拡がりました。 こうした「情報アクセス」を保障しようとする考え方は、1993年に制定されたわが国の障害者基本法や国連で定めた「障害者の機会均等に関する基準規則」で確認され、「情報アクセス、情報発信は現代の基本的人権」(郵政省電気通信審議会 1995年)と指摘されました。そして、2006年、第61回国連総会で採択された「障害者権利条約」は、これらを国際条約として位置づけました。 障害者権利条約は、社会全体として障害のある人々にたいする差別をなくし、真の平等をめざすため、これまでの人権に関する国際条約がさだめた基本的権利を障害のある人々が享受するために、政府がとるべき措置を広範囲にわたって規定しています。障害者権利条約が意味するものは、障害のある人だけにとどまりません。高齢者はじめ、すべての人のために不可欠な権利としてIT利活用も位置づけられるのです。 しかし、わが国においては2006年4月、障害者自立支援法が施行されました。障害者福祉サービスや医療の「定率(応益)負担」が導入されました。日常生活用具などをめぐっても大きな変化が生まれています。障害者団体や自治体の各種調査では、サービス利用の断念・抑制、生活費を削るなど予想以上の深刻な影響が出ていることが明らかになっています。こうした中で、自治体独自の負担軽減も各地に広がりました。 以上のような状況のもとで、本調査では、まず、各地・現場からの当事者の声をもとに「障害者自立支援法」施行の影響・実態を明らかにしました(第1章)。そして、本第2章では、今を生きている障害当事者の生活実態をもとに、IT利活用の実態を把握し、障害の種別や年代、地域などの視点から考察しました。 今後のIT利活用と福祉用具開発などに供することができれば幸いです。 2 障害者のIT利活用に関する実態調査について 目的 パソコンはじめ携帯電話の普及は著しいものがある今日、障害の種別によりその利活用がどのような実態にあるのか。とりわけ、2006年4月に一部施行、10月に全面施行した「障害者自立支援法」により当該障害者の生活に及ぼした変化とIT機器の利活用の実態は、どうなのか、当日本障害者協議会の会員組織で調査し、今後のIT関連の利活用と福祉機器開発に供したい。 調査対象者・調査期間 日本障害者協議会(JD)の加盟団体などの障害者に依頼し、2006年12月に実施した。 内訳(財)全日本ろうあ連盟、(社)ゼンコロ、(社)日本筋ジストロフィー協会、全国障害者問題研究会、(社)日本てんかん協会、障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会、きょうされん、日本病院・地域精神医学会、障害者の生活保障を要求する連絡会議、(社)日本自閉症協会、日本難病・疾病団体協議会、日本脳外傷友の会、自立生活夢宙センター、メインストリーム協会、(社)全国腎臓病協議会、(福)日本点字図書館 調査方法 調査票(巻末掲載)を作成し、日本障害者協議会(JD)の加盟団体などを通じて1021名に依頼して、617名の回答を受理した(回収率60.4%)。 また、事例検討をJD加盟団体の東京コロニー(東京都障害者ITサポートセンターを東京都より委託)、きょうされん、日本筋ジストロフィー協会、日本点字図書館の協力を得て行った。 調査データについては、「言語障害」は回答数が少数のため「その他」に組み入れた。「首都圏」は東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県とした。 3 調査結果の概要 この10年ほどの間に、パソコンやインターネットなどITをめぐる環境は激変している。しかし、その利活用の前提となる「福祉をはじめ生活に必要な情報をどのように得ているか」を聞くと(問6)、「障害者団体」「施設や作業所」など身近で人と人とが直接つながっている場での情報共有とともに、テレビ、パソコン、新聞などのマスメディアからの情報入手が多く、一方で「市町村の広報」「役所や保健所」「会社・学校」からのいわば公的な情報が少ないことがわかる。そして、「生活に必要な情報を得るのにどんなことに困っていますか」(問7)の問いに、「情報量が少ない」「情報を得る方法や場所がわからない」「適切な機器がわからない」「機器の購入費用が高い」の回答がつづいた。自由回答に寄せられた「必要な時に、必要な情報が入手できるか不安がある。特に災害時。通常時でも電車事故等の情報がなかなか入手できない」の声が象徴的だ。情報化社会と言われ情報量は圧倒的に多くなっているものの、「必要な情報」は必ずしも多くなく、障害があれば、情報入手の方法に困難があり、とりわけ災害時など緊急時の情報保障に大きな不安をかかえているという障害者のおかれた状況が見えてくる。 本調査は、パソコン、インターネット、携帯電話、電話とFAX、その他のIT関連機器の利用状況と問題点をたずね、情報化社会のメリット、デメリットを問い、困ったときに助けてくれる人的なシステムや制度などについての意見を聞いた。 全体的には、パソコン(利用率 82.1%)、インターネット(同 72.4%)、携帯電話(同 79.8%)の利用があり、さまざまな困難があるにもかかわらず、一般市民の利用状況に比しても(総務省平成17年度調査)、積極的かつ意欲的な利活用実態が浮き彫りになった。また、パソコンや携帯電話の利用では「インターネット」活用の目的が多く、「インターネット」では、パソコンも携帯電話も「メール」利用が多いこともわかった。 しかしながら、そうしたIT関連機器利用には障害がある故の大きなバリアー(「困ったことがある」=パソコン72.1%、インターネット68.6%、携帯電話55.5%)があり、人的、制度的なサポートが強く求められている。また、費用軽減の要望も多く出されている。障害者の所得保障は、基礎年金(月額1級=82,000円、2級=60,600円)であり、「同年齢の市民と同水準」をめざすヨーロッパなどに比べるまでもなく、劣悪な状態にある。さらに2006年障害者自立支援法の実施により原則一割の定率(応益)負担が導入された(第1部参照)。そうした中での費用軽減を求める声の多さであることは明らかだろう。 さらに、今回の調査で注目されるのは、情報化社会の良い点として「情報入手が簡単になった」「コミュニケーションが広がった」「楽しみが増えた」「生活が便利になった」と多くの人が感じている一方で、「つぎつぎと変わる情報技術にますますついていけなくなる」「プライバシーの侵害がおきやすくなった」が多いことである。コンピューターウイルスや迷惑メールの解消を求める声も目立った。この問題はたいへん大きく、社会全体の問題ともなっている。障害者にとっても「情報リテラシー(情報を自己の目的に適合するように使用できる能力)」の課題がクローズアップされる。自分にとって必要な情報とは何か、必要な情報を入手するためにはどのようなメディアから取得するのが良いのか、個人情報をどのように守るか、などなどが考えられる利用者、あるいは支援者となるためになにが必要なのか。議論と教育含めた制度化が求められる。 「自由記述」では、回答者の26.7%にあたる160名が具体的な意見を記述した。いくつかのカテゴリーにわけ掲載したが、「叫び」とも言える切々とした意見はさまざまな問題を投げかけている。「技術がどんどん進化して、次々と新しいサービスが出てくるので、それについていけるように、生涯勉強しなければ」「勉学、仕事などITなしでは成り立たないほど、生活の一部となっている」の一方で「ITを知らなくても生活は出来る」「格差が拡がってしまう懸念があります」。制度面では、「自立支援法に変わって金銭で余計に厳しくなってきた。生活していく上ですごく厳しい」「ともかく利用料がまだまだ高い」。また、「どれが本当の情報なのか?疑ってしまうほど情報が多い」「ネット空間は全てプライバシーはないことを前提にして使っている。まったく信用できない」「個人情報の流出が怖い」など。「緊急時含めた情報アクセス」では、障害者団体からのわかりやすく障害者の利益にかなった情報提供を求める提案や緊急時の携帯での無料緊急メールなど、具体的、積極的な意見がある。 「ハード機器やソフト改善要望」では、ソフトウェア(パソコンの基本ソフトやアプリケーションソフト)のめまぐるしい変更のなかで、視覚障害者の利用に便利であった古いバージョンのソフトが保証外となったり、基本ソフトの変更でパソコン本体も変更され、パソコンを利用できなくなったの声もある。 「人的サポート・講習会など」は要望が多く「使いこなせるように習得、トラブルに対応するサポート制度を作って欲しい」。「制度改善」では、「パソコンは障害を持っている人には非常に有力なツールなのでこの制度の復活を望む」の声も多い。 本調査をより具体的にいかすために、いくつかの先進的な事例を掲載した。東京都障害者ITサポートセンターのとりくみは多くの障害者やパソコンボランティアの願いを担って2004年11月にスタートした。IT活用支援、相談、IT講習、ITサポーター養成を総合的にとりくむ上で学ぶことが多い。小規模作業所と企業とがコラボレートしての「リサイクルパソコン」のとりくみ。介護を受け受動的だった療養生活からパソコン通信やインターネットを通して能動的な世界を開いた筋ジス患者の「夢の扉」の実践(秘訣は、楽しく交流・役立つ情報・使いやすい環境)。視覚障害者にとってのITの可能性と操作習熟の困難と向かい合い、「利用者を育て、サービスのニーズを開拓する」点字図書館のパソコン教室が「サービスの受け手である利用者を知る貴重な機会に恵まれた」事例などである。 最後に、本調査では充分な検討ができなかった発達障害の人たちの理解と支援を求める声をしかりと受けとめることが大切であろう。「便利さの洪水の中で、判断しにくい発達障害の人にあった対応ソフトが欲しい」「言語がありませんが、タッチパネルのパソコンを日常のコミュニケーション手段として毎日使っています。タッチパネルのパソコンが知的に重度の人でも充分使いこなせることを、そして言語のかわりになることを多くの人に知ってほしいと思っています」の声にこころを寄せたい。 また、「この調査の結果を、私たちの生活を豊かに、便利にするためにいかしてください」の意見もあった。肝に銘じたい。 |